坂東札所お参りの途中で

吉見百穴 ひゃくあなと読むそうです。
本当は219もあるそうですが数が多いということを百と表したそうな…
1300年前の古墳時代終末期横穴墓群

中に入ると150センチぐらいの横穴で一人用、二人用もありました。
明治時代には先住民族の住居跡お思われていたそうです。
周辺の2.3の墓穴には国指定天然記念物のヒカリゴケが自生している。
写真には撮れなかったがかすかに緑入りの光を発しているのが見えました。

吉見百穴の下には地下軍需工場跡があった。
この戦争の末期は日本各地の軍需施設はアメリカの爆撃によりおきな被害をうけました。この危機に当時わが国最大といわれた中島飛行機(現在の富士重工)でも大宮工場エンジン製造部門の全施設をこの地下に移転することになった。
昭和20年初頭から8月にかけて左右500メートル山腹に掘られた一部
全国各地から3000人から3500人の朝鮮人労働者によって突貫工事人海戦術によるもの。
同年7月にはエンジンの部品が製造されたが本格的な生産活動に移る前に終戦となりました。
奥に入るとひんやりしてぞくっとしましたが、終戦を目前にこんなところでエンジン工場??愚かなこと。